『若者よ、マルクスを読もう』を読んだ

 世界を東と西とで二分するほどの影響力を持った思想の一端を知りたくて購入。マルクスがいなければ今の国際情勢も全く様相が違うんだろうなあと思うとマルクスの思想は桁違いにスケールが大きい。現代的な評価はさて置き、史的唯物論っていう1つのアイディアが世界を席巻するってところにロマンを感じる。

 この本はマルクスおよびその友人のエンゲルスが思想家として比較的若手だったころに執筆した本について、マルクス研究者とフランス思想の学者が文通という形をとって高校生向けに解説するって内容。この本のいいところは、マルクスの著作を機械的に解説するのではなくて、マルクスがその思想を持つに至った生い立ちや歴史的な背景が先に示されていることで同時代的に読めるように工夫されているところ。マルクスがどのような問題意識を持ってどのくらいの熱量で執筆したかってのがよく伝わる。けれど、やはりドイツ哲学の系譜を継ぐマルクスあって解説があっても難しいところは難しい。それでもどうにかしてマルクスの魅力を伝えようとする著者のパッションを感じてギリギリ挫折はしなかった。文庫本で全体として200ページちょっとなのでこの程度で挫折してたら「古典」のほとんど読めないんだけど。

ユダヤ人問題について』とかで語られてるところは正直そこまで目新しくないなと思った。「人間的解放」とか「政治的解放」は典型的な近代批判。バーリンの「消極的自由」とか「積極的自由」とかそのあたりの議論とさして一見変わりはないように見えた(適当な妄言です)。「類的存在」も著者の1人の内田先生が噛み砕いて解説してくれるけど噛み砕けば噛み砕くほどルソーの「一般意志」における個々人と何が違うの?って思った。

 マルクスのオリジナリティは有史以前からの歴史解釈をまるっととらえ直す壮大な唯物史観にあるんだろうな。人間によって作られた物質、生産諸力、ありていに言えば「金銭」によって法、政治、社会、道徳は規定される。そして国家はそのシステムを維持する装置でしかないと。しかし、唯物史観に基づく社会はいずれ限界が来て自然発生的にプロレタリア革命が起きて国家は転覆し、共産主義国となる。

「支配階級よ、共産主義革命の前に慄くがいい。プロレタリアには、革命において鉄鎖のほかに失うものは何もない。彼らには獲得すべき全世界がある。全世界のプロレタリア、団結せよ!」(『共産党宣言平凡社ライブラリー)

 し、しびれる。脚本家の才能もあるマルクス大先生。この箴言についての内田先生の修辞学の観点からの解説も数ページあってそれを読むだけでもこの本を買う価値があるなと思った。

 他に気になったポイントはこれまた内田先生の解説部分で、

「かれらがなんであるかは、かれらの生産と、すなわちかれらがなにを生産し、またいかに生産するかということと一致する」(『ドイツイデオロギー』合同出版)

 内田先生はこのセンテンスを唯物史観を端的に表した一文として紹介した上で、人間の行為の価値判断基準の話、つまり人間の行為が善か悪かが決まるのは動機か結果かという議論へと(やや強引に)つなげる。言わずもがなこのセンテンスから導き出されるマルクスの答えは結果である。動機というのは内心の話であって、いくらでも疑えるし、移ろいやすくあいまいなものなので、たとえ正しい動機に基づいて善行を積んでも、斜に構えた人間は偽善だと糾弾するだろう。内田先生はこのような人間で構成される社会は「善い社会」にはなり得ないと言う。単純な話でそのような疑いあう社会では人々は善いことをしようとは思わなくなるからだ。プラトンイデア論に先立つ本質主義を真っ向から否定する。

「自分のことを善良で有徳な人間であると思い込んでいる人のほうがむしろ卑劣な行為や利己的な行為をすることをためらわない(...)なにしろ彼らは『本質的に善良であり、有徳である』わけですから『何をするか』ということには副次的な重要性しかない」

「自分は正しい!」という確信は「あいつは間違っている!」という確信とイコールであって、確信を実行に移すには手段が善であろうが悪であろうが関係なくなるということ。なるほど、ナチスユダヤ人を絶対悪と見なし絶対悪を排除するため残酷極まりない手段を採った、じゃあ同様にナチスを絶対悪とみなすことは間違っていると言わざるを得ない。ナチスは公衆衛生面において今から見ても先進的と言える施策をとってた、このことから「ナチスは善いこともやっていた」ということは認めなければならなくなる。うーん、なんだかなぁ。

 結局は比重の問題で、ホロコーストや人体実験といったナチスの行った悪は巨大で「ナチスのやった善いこと」は巨悪を相殺するには全く足りなくて、全体としてみれば変わらず「ナチス=巨悪」だという結論になるのかね。一部であってもナチスを褒める結果になるということはどことなく腑に落ちない。

 

 マルクスの話からナチスの評価の話へと脱線してしまった。字数も2000字を超えたし歯切れが悪すぎるけどもうやめるか。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。